21日に書かせていただいた「元興寺の鬼」の続きです。

江戸時代の奈良観光ガイドである『大和名所図会』には、「美しい女を鬼ときく物を、元興寺(がごぜ)にかまそというは寺の名」という狂歌が載っていて、「元興寺」は寺の名前としてよりも、鬼の名前として有名だったことを伝えています。

また妖怪の絵を多く書いた鳥山石燕の『画図百鬼夜行』(上や下に出ている絵です)では、元興寺(がごぜ)は僧侶の格好をした鬼になっています。一応は寺の名前に由来する鬼なので、そのあたりを踏まえた姿なのでしょうか。

江戸時代のイラスト入り百科事典『和漢三才図会』には、元興寺について、泣き止まない子どもに対して「元興寺が来るぞ」と脅したという説明文が入っています。

この手の脅し文句には、異人さんだとか、人買いだとか、時代や場所によって変化しますが、要は日常にはいないけれど、少し離れた場所には居てもおかしくない、「非日常の存在」ながら、割と身近な存在が選ばれます。あまり遠い存在を出してしまうと、今度は子ども相手とはいえ信憑性がなくなってしまうからです。

話を狂言《清水》に戻すと、太郎冠者の「七つ下がって清水へ参れば、元興寺とやらが出ると申しまする」というセリフ。つまりは子どもを脅す時のようなことを言っているわけです。だからこそ、主人は「それは女、童のたらしなどに言うことじゃ」と、全く意に介さず、太郎冠者に改めて清水行きを命じるのでした。

その前にある「七つ」は古い時刻の言い方で、現在の午後4時~5時ぐらいですから、「七つ下がる」とは、そろそろ夕暮れ時=「逢魔時」に入る時間。不吉な時間であるわけです。そこに出て来るのが、比較的身近な鬼であった「元興寺(がごぜ)」

電燈が普及し、夕方どころか夜ですら、鬼や妖怪に出会うような暗さの少ない現代ではありますが、こういったところから、昔の日本の姿を想像するのも、古典の楽しさのひとつかと思い、書かせていただきました。

元興寺の鬼

善竹十番公演サイト https://zenchiku.xyz/

志芸の会公式サイト http://www.shigenokai.com/