善竹十番公演に向けて、出演者自身による演目解説を掲載していきます。まず最初は8月29日(土)に上演される、狂言《蟹山伏(かにやまぶし)》、執筆はシテ(主演)である山伏を演じる岡村和彦です。

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数ある狂言の中でも、短い時間にシンプルな筋立てとダイナミックなアクションで構成されたこの曲は、あらすじや見どころを知らずとも楽しめるわかりやすい曲の筆頭といえましょう。ですからネタバレを承知で書いてみたいと思います。

何しろ狂言の山伏は受難つづきです。現行で伝わっている狂言では1曲を除いて山伏は必ずやり込められています。厳しい修行で習得した不思議な力(呪術)を自慢して日頃からいばりくさっている、一度その高い鼻をへし折ってやりたいという庶民の願望が山伏の受難を笑い飛ばす曲に仕立てられているとよく解説されています。その通りだと思います。

それにしても、いくら偉そうで気に入らないからと言って、辺境の(近江の国の山深い)沢にすむ蟹の精が「行法を妨げんがため」に山伏を成敗にあらわれるとは、荒唐無稽にもほどがあると思うのです。いったい蟹の精にとってどんな利益があるというのでしょう。ここに勧善懲悪の抹香くさい説教話にとどまらない狂言の懐の深さがあるように思えます。とまあ、理屈で考えてはきりがありませんから、理屈抜きで楽しんでいただけるように、皆さんから“やっつけられて当然”と思われるような図々しい山伏に映ればさいわいです。

あと、今回のシリーズの見どころは「面(おもて)」です。

蟹の精の面は狂言独特の賢徳(けんとく)の面です。人間以外の妖怪・動物によく用いられます。が、やはりおかしげな人の顔にはちがいありません。その上姿恰好も蟹とは想像もつかないド派手な格好をしています。でも、それでいいのです。なぜなら目の当たりにした山伏でさえ、「異形なもの(=化けもの)が出た」といって尻込みつつ、蟹の精の“自己紹介”をきいてはじめて「彼奴(きゃつ)は蟹の精であろう」とわかるのですから。

このあたりの「異形」の描写は、実写はもとよりマンガやアニメではリアリティの都合上表現不可能といってよく、狂言独特というよりは狂言でしか表現できないものなのではないかと思います。(岡村和彦)

上演日:8月29日(土)「善竹十番」公演1日目

蟹山伏

善竹十番公演サイト https://zenchiku.xyz/

志芸の会公式サイト http://www.shigenokai.com/